コハルアン日乗

コハルアン店主の私的記録|器と工藝のこと|神楽坂のこと

旅は続く

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長年、口癖のように「器の本を作りたい」と言い続けてきたのですが、今年はその夢が叶う年になりました。

僕が、器をはじめとする手仕事の世界に関わるようになったのは、ミレニアルの頃。
勤めていた百貨店で和食器売場の歯車として、はじめは品出しをしたり、検品をしたり。その後は買付をしたり、展示の企画を立てたり、そういう仕事をこなしていく中で器のおもしろさに目覚め、うっかり(本当に”うっかり”という感じ)独立してしまい、流れ流され現在地に漂着しました。
開業したのは現在のような器ブームが起こるずーっと前で、今思えば、商いをスタートさせるにはけっこう難しい時期でした。最初の数年のうちにリーマンショック東日本大震災という二つの逆風に煽られることになってしまったし。
その頃に痛感したのは(謙遜でも自虐でもなんでもなく)無名の器屋なんて吹けば飛ぶような存在で、社会的には何の影響力も持っていないという現実。

そんな時期に、旧友のフードコーディネーター・タカハシユキさんがおもしろい料理本を出したんですよ。同い年の友人が本を出したことはなかなか刺激的で、本を作れば、それまで出会ったことがない人にも自分の考えを伝えられるかもしれない、という新たな希望が芽生えました。
それから折にふれて、知り合いの編集者や出版社には器の本を作りたいという話をしてきたのですが、色よい返事はもらえず。ここ数年は出版業界の冷え込みもあり、本を作ることについては諦めかけていたところでした。

ところが―。
4年ほど前からWEBマガジンや雑誌のコラム、また器特集の監修などのオファーをちょこちょこいただくようになり、2年前は書籍「暮らしの図鑑 うつわ」の監修者のひとりとして名を連ねることに。
そして今回、「暮らしの図鑑」編集者・古賀さんの尽力によって、器の本を作るという長年の願いを叶えることができました。
ただ、本を作るにあたっては、編集サイドに、すごーくわがままなお願いをしてしまいました。以下。

・作家カタログのような本は瞬間的に売れるかもしれないけれど、数年後には情報が古くなってしまうので、10年後に読んでも共感できるような普遍的な器の話がしたい。
・視覚的に楽しんでもらえるように、お料理やスタイリングを充実させ、写真集のような美しい実用書にしたい。
・教科書的なガチガチの文章ではなく、エッセイのようにやわらかな文体の文章を”自分の手”で書きたい。(←実用書は著者がしゃべったことをライターが聞き書きすることが多いそうです)

ということで、古賀さんだけではなく、前述のタカハシさん、カメラマンの神林さん、イラストレーションの日笠さんを巻き込みつつ(みなさんには多大なる負担をおかけしてしまい反省しております……)、携わってくれたみなさんのおかげで、当初想定していた企画をさらにブラッシュアップすることができました。

自虐的な言い方になってしまいますが、この本は”有名人”の手によるものではなく、ひっそり器屋を営む”無名の著者”の手によるもの。冷静に見れば爆発的に売れることはまずないと思います。
ただ、読んでくれた方が幸せな気分になってくれたらいいなあ、と。そういう想いをこめて制作した本なので、じわじわと共感してくれる方が増えてゆくことを望むばかりです。

あと、これをいうと嫌な気分になる人がいるかもしれないのですが……。
この本を通して、「”丁寧な暮らし”をしている人しか、器を楽しんではいけない」とか「器を楽しみたいのなら、”丁寧な暮らし”を実践しないといけない」という誤解(呪縛)も解きたかったのですよ。
自分も含め、身の回りには仕事や子育てや介護に追われている人たちが多く、今回の本では、もはや呪いのワードと化してしまった”丁寧な暮らし”という言葉を使わないようにしました。それは、多忙な中で頑張っている人に無理を強いることなく、”ひとときの癒し”として日々の器使いを楽しんでほしいと考えたからです。

初の著書ということで、どこまで自分の経験や考えを伝えられたかはわからないし、不十分な部分も多々あると思いますが、「季節やシーンを楽しむ 日々のうつわ使い」には、器の基本知識からコーディネートのヒントに至るまで、(一年という長い時間をかけて)いま持てるものをできうる限り注ぎ込んでみました。
大きめの書店やアマゾンなどで手に入れることができますので、お正月休みにぜひご一読ください。


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