コハルアン日乗

コハルアン店主の私的記録|器と工藝のこと|神楽坂のこと

銀色の花

陶芸、七宝、彫金 ――。ここ数年、明治の超絶技巧が注目されているけれど、これらのジャンルの中でも彫金というのは、独特な立ち位置にあると思います。 もともと刀剣の鍔など武家社会に因って立つ体制側の工藝として存在しながら、幕府瓦解の後、ヨーロッパ…

言葉の海

NODA・MAP第22回公演「贋作 桜の森の満開の下」を観てきました。第18回の「MIWA」、第21回「足跡姫」も観ているので、今回で三回目。 前に見た二回と同じく、今回も脳の奥の方をずこずこ刺激されてきました。全編を貫く言葉遊びは、日本語の特徴(『母音』も…

こますじ

全国的に有名な益子陶器市は、地元の作り手だけではなく、他の地方からの方々も受け入れていて、古いお付き合いになる常滑の作り手・冨本大輔さんも毎回出店しています。一昨日まで開催していた秋の陶器市で、冨本さんのテントを覗いてみたら、素敵な赤絵の…

小さきもの

器の仕事を始めた二十年ほど前から、地方に出張に行くたびに買ってしまうのが、ぐい吞みや箸置き、もしくはおてしょ(豆皿)。こうなるともう、ちょっとした癖(へき)。もちろん、お土産として荷物にならないという利点はあるわけですが、それ以上に、小さ…

白と黒と

産休などもあり、取り扱いをお休みしていた川島いずみさんに、久しぶりに飯碗を作ってもらいました。東洋の古陶磁への憧憬が強い作り手で、ここ最近は宋胡録(スンコロク=タイのやきもの)をモチーフにした作品を作っていましたが、川島さんの定番と言えば…

打ち止め

協賛店としてコハルアンも発行に協力してきた神楽坂のタウン誌・かぐらむらが、ついに100号。 そして、この記念すべき100号をもって、定期発刊は打ち止めになります。 ご近所にお住いのお客さまも、隔月で届くかぐらむらの情報を心待ちにしている方が多くて…

一汁一菜的に 2

昨日から企画展「一汁一菜的な食卓」がはじまりました。 タイトルについては、なぜ「一汁一菜的な食卓」なのか、「一汁一菜の食卓」ではないのか、「的」って何なんだ、おい、なんとか言ってみろよ、という声が聞こえてきそうなので、今日は、そこらへんのお…

一汁一菜的に 1

たぶんこれまでも書いてきたような話。僕は、奇を衒わない食卓というのが好きで、器屋をやっているくせに、家ではそんなに凝った料理は作らないたち。もちろん、栄養のバランスとかは考えるけれど、「紀ノ国屋で高級食材を買ってプロバンス風のオーブン料理…

動と静

ガラス工芸というのは、ふたつの意味で、制作工程と完成形とのギャップが激しい手仕事だな、と思います。そのギャップのひとつは、「熱→冷」。人の手で触れられないほどの熱い塊が、作業の末にひんやりとした印象の作品に変わる。ビフォアアフターの落差、な…

猛暑の記録

まだもう少し残暑は続くだろうけれど、命の危険を伴うような猛暑はさすがにもう打ち止めでしょう。思えば、うだるような暑さが続いた今年の夏は、食生活が怠惰になり、自炊率が下がっていました。 自炊する際は、調理工程の少ないものばかり選んでしまい、普…

百代の過客

終戦の日と前後するこの時期に考えてしまうのが、「近代とはなんだったのか」ということ。 うちは特に父母が高齢なので、話を聞けるうちに、わが一族にとっての近代についても考えておきたい、と思うようになりました。父の一族は上州出身。国家公務員だった…

呼ばれ方

お客さまとは親しく話をさせていただくけれど、プライベートな部分にはみだりに踏み込まないようにしている僕。ゆえに、数回ご来店いただいているおなじみさんであってもお互いに名前を知らない場合も多いわけ。お付き合いの長いお客さまは僕のことを「ハル…

褒められると

現在、四半世紀に及ぶ旧友・画家のタチアキヒロさんの絵画展を開催中。 「器屋なのに、絵を?」と思われちゃうかもしれないけれど、年に一回はタチさんの素晴らしい作品を紹介する機会を持ちたいと考えていて、ここ数年、夏休み特別企画として展示を開催して…

GREY

フリーアナウンサーの近藤サトさんが白髪染めをやめた話をネット上で見かけ、なるほどねー、と思う。近藤さんは僕より年がひとつ上らしいけれど、この年頃って遅かれ早かれ、見た目の若々しさ(「あら、お若いわね」っていうやつ)を持続するか、それとも加…

ありがたや

うつわブームと言われるようになって久しい昨今、器という工藝の特殊性に重きを置いている『通(ツウ)の方々』は、こういう状況をさぞや苦々しく思っているのではなかろうか、などと勘繰ってしまう僕。 例えば、うちの店もその煽りでメディアに掲載されるこ…

コラム補足

WEBマガジン「チルチンびと広場」に掲載されている僕の連載コラム「コハル・ノート -モノと語る-」が昨日更新されました。小石原焼についてのおはなしの三回目。 福岡県東峰村にある小石原地区は、昨年の九州北部豪雨で大変な被害があった地域。損害を被っ…

ガマの穂

夏が近づくと、花屋で見かけるようになるガマの穂。 きりたんぽのようなユーモラスな形状に目を奪われがちだけれど、彼らが生い茂っていた情景に思いを馳せれば、その立ち姿も風流に見えてこようというもの。 いま、店で彼らを受け止めているのは、山下秀樹…

ほどよさ

すごーく抽象的な話でわかりにくいかもしれないけれど、器を選ぶとき、「ほどよい」っていったいどういう状態のことを指すんだろう?といつも考えてしまうのですよ。 で、それは「奇を衒わない」とか「中庸」とかいう言葉と同じくらいの温度を持つ状態のこと…

足を運ぶ

超インドアな業務ばかりだと思われているであろう「器屋」というお仕事。器を並べ、決まった時間にお店を開け、決まった時間に閉める。そういう毎日のルーティンに関しては確かにインドアで成されているわけです。 特に僕の場合、デザインワークなどを含めた…

漱石山房

漱石の終の棲家の跡地にできた漱石山房記念館(昨年9月に開館)に行ってきました。うちの店から早稲田方向に歩いて15分。 あらら、うちの店って実は、明治の文豪が暮らした場所からこんな近いところにあったのね、とちょっと不思議な心持ち。館内には、漱石…

二回目のコラム

WEBマガジン「チルチンびと広場」で始まったコラム「コハル・ノート -モノと語る-」。その連載二回目が、先日公開されました。モノづくりを通して、各地に息づく文化などを僕の目を通して書き進める月イチ連載のコラムで、だいたい三ヶ月かけて、ひとつの…

みつき

早いもので、コハルアンと名乗るようになってから、まるっと三ヶ月。よく「店の名前を替えて調子はどぉ?」という質問を受けるのだけれど、すごく良いわけでもすごく悪いわけでもなく、質問者が期待するような劇的な事態は起こっていないんですよね。「最高…

とらわれない

こう見えてわりといい加減な人間なので、世の中のしきたりのようなものはなるべく忌避するタイプ。 常々、そういう形式ばったことから遠いところで生きたいと思っています。とは言いつつ、僕が生息する日本の器の世界にはいろいろな決まり事があるもの。 け…

小さな迷い

福井の作り手・土本訓寛さんの手になる野趣あふれる器。その風合いが僕のツボにはまり、ここ数年、展示や常設で取り扱っています。この器を並べていると、10人に1人くらいの割合で、「あら、備前だわ」とか「ふーん、備前置いてるんだ」という反応をする方に…

スロースターター

僕は、物事に慣れるまですごーく時間がかかるほう。 器の販売に携わるようになってかなり経つのに、いまだに素人風情が抜け切れていないし。オツムが悪いわけじゃないと思うけれど、ぶきっちょなのは確かです。自覚あり。そんな僕ですが、新たにウェブマガジ…

豆皿遊び

このたび、食にまつわる三越伊勢丹のウェブマガジン「FOODIE」で、器についての記事を監修(全三回)。 『初心者の器選びの助けになるような記事を作りたい』という編集者・Sさんの考えに賛同し、企画段階から参加したもので、先日、その初回となる「豆皿編…

甘いもの

うちの店がある神楽坂上・矢来町は今でこそ注目されるエリアになりましたが、引っ越してきた7年前はただの住宅街。当時は周囲に気の利いたお店がまったくなく、甘いものが食べたくなったら坂下の繁華街まで足を延ばさなければいけませんでした。 でも今は、…

清明の頃

中国からやってきた季節の分類法に「二十四節気」という考え方があるけれど、その分類に従うならば、今は「春分」。 そして四日後、新暦の4月5日からは「清明」という麗しい名前の節に入ります。その「二十四節気」を三分割し、さらに細かく季節の訪れを短い…

木の工房

やきもの以外の工房へ出かけてゆくことは稀な僕ですが、先月は笠間在住の木工作家・コウノストモヤさんの工房を訪問。 大きな家具を制作することも多いため、広々とした空間で、清々しい木の香りに満ちていました。この日は、これから作ってもらう予定の器の…

ごますり

以前、「神楽坂 暮らす。」時代のブログで、小石原の飛びかんなのすり鉢を扱っていることに触れましたが、今日は、その相棒であるすりこぎについての話。 これまでお店ですり鉢は扱っていたものの、すりこぎは扱ってきませんでした。というのも、心動くもの…