コハルアン日乗

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清明の頃

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中国からやってきた季節の分類法に「二十四節気」という考え方があるけれど、その分類に従うならば、今は「春分」。
そして四日後、新暦の4月5日からは「清明」という麗しい名前の節に入ります。

その「二十四節気」を三分割し、さらに細かく季節の訪れを短い漢文で示した「七十二候」という分類法もあります。
ただ、この「七十二候」には、本家中国版と改良日本版の二通りがあるんですよね。大陸中国と島国日本で異なる気象現象があるのは当然で、それらの部分をわが国の風土に合わせて改良を施したのが日本版七十二候。ざっと目を通して比較してみると、我々日本人にとっては、やはり改良版の方がしっくりくるなーと思います。

たとえば「清明」を三分割した初めの候(日本版)は、「玄鳥至(ツバメキタル)」だそう。
たしかに。ちょっと早めではあるけれど、昨日、家の近くの商店街では、冬の間どこぞで越冬していたはずの燕が空を旋回。今年はじめて見ました。帰ってきたんですね。今年もまた。
そんな小さな現象ひとつを取ってみても(近年の温暖化によってちょっとしたズレはあるけれど)、日本版の「七十二候」はかつて、われわれの生活のリズムと密接に結びついていたのだなあ、と思えます。うちの父方のご先祖も四代前までは農業をしていたらしいけれど、昔は自然とうまく共生しなければ飢えや死が待っているから、農耕民がほとんどを占めていた頃の日本人は、こういった季節の変化にとても敏感だったはず。風流を感じる以前に、それ自体、まさに死活問題だったわけですからね。
現代都市文明の中で生きる我々がそこまで鋭敏でいることは難しいけれど、それでも人間がホモサピエンスという動物である限り、持ち続けなければいけない(持ち続けていたい)感覚であるなあ、と思います。

こんど、歳時記片手に俳句をひねってみようかな。
そうすれば、少しは感覚が研ぎ澄まされてくるだろうか。

どうでしょう。


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