コハルアン日乗

コハルアン店主の私的記録|器と工藝のこと|神楽坂のこと

小さな迷い

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福井の作り手・土本訓寛さんの手になる野趣あふれる器。その風合いが僕のツボにはまり、ここ数年、展示や常設で取り扱っています。

この器を並べていると、10人に1人くらいの割合で、「あら、備前だわ」とか「ふーん、備前置いてるんだ」という反応をする方に出会います。
でも、それってちょっとした誤解。備前焼というのは備前地方(いまの岡山県)で作られたやきもののことで、土本さんの作品は福井(越前地方)で作られたものなので越前焼。だから「あら、越前だわ」が正解なのです。
じゃあ、どうしてこういう間違いが起こるかというと、どちらも釉薬をかけずに高温で焼成する「焼締」という陶芸技法を用いているため。ざらっとした表面の風合いが共通しているので、似て見えるんですね。
これ、どっちが真似したとかいう話ではなくて(もちろん古代・中世には技法の伝播などの地域間交流があったはずだけれど)、焼締に向いた土が採れる古い産地ではこの技法が継承されてきた、ということ。なかでも備前の焼締は高名な茶人たちにお墨付きを与えられてブランド化したので、世間に「焼締=備前焼」という一面的な認識が広まったわけです。
つまり、「備前焼は焼締である」は正しいけれど、「焼締は備前焼である」は必ずしも正しいわけではない、ということ。

そういったわけで、店に立っていて迷うのが、この「あら、備前だわ」というつぶやきにこたえて、「いえいえ、お客さま、こちらは越前のやきものでありんすよ。焼締即備前という認識はぜひ変えておくんなまし」とツッコミを入れることの可否。
やんわりとツッコミを入れることでお客さまとのコミュニケーションを深めるという考え方もあるけれど、神楽坂という街の特性上、単に散策を楽しんでいる方も多く、「器を選びに来たんじゃないのに、おせっかいな店のおっさんに余計な蘊蓄を聞かされて、楽しい街歩きが台無しだわー」と思われちゃうんじゃないか、と。
かと言って、間違えた認識を放置したままでお帰りいただくのも、これまたちょっと気が引けるしね。
さて、どうしましょうか。迷います。
オチのない話でごめんなさい。


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