コハルアン日乗

コハルアン店主の私的記録|器と工藝のこと|神楽坂のこと

消費される覚悟

f:id:utsuwa-koharuan:20190327125435j:plain


新宿地下道の壁面を大きく飾っていたこのポスター、すごーく秀逸。
時代の寵児と言ってもいいマツコ・デラックスさんの個性をよく活かしていますよね。

マツコさんのことはメジャーになる前から知っていて、その言動(+文章)を密かに楽しんでいたのだけれど、まさか世の中がこれほど彼(彼女?)のことを受け容れるとは思ってもみませんでした。サブカル&アングラ的アイコンだったのが、あれよあれよという間に、第一線に躍り出てしまったもんね。正直びっくり。
最近は、ちょっと遠くに行ってしまったように感じて、以前のファンからしてみるとちょっと寂しい気はするけれど、それでもやっぱり気になる存在であることは確かです。

「『TVに出る人』になる」ということは、「『消費される対象』になる」ということでしょう?
そのあたり、自分が置かれた状況を鷹揚に受け容れていることが画面から伝わってくるマツコさん。かつてのような毒は薄らいだけれど、プロフェッショナルとしてのそういう姿勢には尊敬の念を抱かざるを得ません。これってある種、「覚悟ができている」ということなんだろうと思います。


もちろん置かれた立場が違うから、単純に比較するようなことではないけれど、僕は、そういう「『消費される対象』になる」っていう覚悟がいまだにできていないんですよ。

「TVに出る」という行為とはもちろん違うんだけど、うちのようなちっぽけな店でも、地味にメディアにちょろちょろ登場して一部の方々に知られるようになってくると、「こちらは知らなくても、あちらはこちらを知っている」という状況が少なからず出来するんですね。

そうすると、これまでとは違ういろいろなことが起きるようになったりする。
たとえば、「GOOGLEでレビューを書きたいから」とか「SNSに載せたいから」とか、器を吟味する目的ではなくご来店される方も一定数出てくるわけです。ときには見知らぬ方からなかなかの辛辣なレビューを頂戴することも。
たぶん、こういういまどきの事象も、「『消費される対象』になる」という形態のひとつなのだと思います。


新年度が始まる今月は、監修者のひとりとして名を連ねた器本が出版される予定だし、担当しているWEBマガジンの連載コラムも二本書き進めていて、これも順次公開される予定。
旅して探してきた器を売る仕事も楽しいけれど、最近手掛け始めたメディアの仕事もけっこう楽しんじゃっている僕。

そういう自分自身の状況について改めて考えていたら、「楽しいことだけはやるけれど、消費されるのは嫌!」っていうのは、あまりにも都合のいいワガママな話なのかな、と思うようにもなってきました。
やっぱり、ある程度のリスクを引き受ける覚悟は必要なのかもね。
ノーリスク・ノーリターンじゃ人生面白くないけれど、かと言って、炎上上等的にハイリスク・ハイリターンな職業人生を送るつもりは毛頭なし。あえて言えば、ミドルリスク・ミドルリターンな感じで、悪目立ちしない程度に生きてゆければ……というのが正直な心境です。
WEB上で起こり得る消費的行為をも受け容れるしなやかな強さ。マツコさんのような鷹揚さは持ち合わせていないけれど、新年度、心の奥にほんの少しの覚悟を潜ませながら生きてゆこうかな、と思っています。



コハルアン オフィシャルページ https://www.room-j.jp